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越後高田、まちなみ散策ツアー [町並み・集落 散策]

 こんばんは。
 新潟県上越市の高田は徳川家康の六男、松平忠輝によって築城された高田城の城下町で、細長い町屋と呼ばれる住居と、住居の軒先を伸ばし歩行者用の通路とした雪国独特の「雁木」が連なる町として知られています。
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 高田城は今からちょうど400年前の1614年に築城され、今年で開府400年となります。豪雪地帯でもある高田の町、雁木が造られたのは高田開府より後の松平光長(1624-1681年)の時代と言われているそうです。雁木通りの総延長は2009年においても16kmと日本一の長さです。雁木は雪から歩行者の往来を守るため、そして雁木の歩道は公共の土地ではなく、全てその家の土地であることです。各家々が皆協力し、歩行者のために自らの土地を提供して雁木が構成されているのが大きな特長です。

 現在、定期的に雁木通りの いくつかの町屋を公開しており、それに合わせて地元ボランティアによる町並み散策ミニツアーが開催 されています。
 私は高田地区の住人でありますが、生まれ育った高田の町を再度知る意味でこのミニツアーに参加してみました。
 なお、当記事はミニツアーに参加したときの様子と、その後個人的に散策したときの写真を一緒に掲載させていただいており、ミニツアーでは訪れなかった場所も含まれていますので、あらかじめご了承ください。

 町並み散策ミニツアーは 町屋交流館高田小町から出発します。
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 高田小町は元々小妻屋さんという卸問屋さんだった町屋を上越市が買い取って再生した情報発信や集会などを行う施設です。館内には各種パンフレットや高田の町を紹介したパネルやギャラリー等があります。
 台湾のバナナキャラメル(どんなものかは不明)を扱っていたのでしょうか?
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 高田は豪雪と共存してきた町です。過去の町の様子を写した写真パネルがありました。
 かつて「この下に高田あり」と看板が立てられたと言われるほどの豪雪地帯。屋根の雪下ろしをすると通りは雪で埋もれてしまいます。
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 そんな時でも雁木によって歩道が確保されます。雪で埋もれた道路を横断するためのトンネルが掘られ、また雪を利用した広告や選挙ポスターもあったようです。
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 高田の一般的な町屋は、間口4.5mと狭いですが、奥行きは50mもあります。細長い町屋の片側は表から裏へ土間が通され、自由に通行ができるようになっています。
 雁木通りの表側から1階にミセと呼ばれる商売用の部屋、2階にオモテニカイと呼ぶ居室、次に接客用のチャノマがあります。このチャノマは屋根までの吹き抜け構造となっているのが高田の町屋の特徴で、屋根には豪雪でも採光できる天窓や高窓が付けられています。チャノマの後ろは座敷、その2階にはウラニカイと呼ばれる居室があり、これらの含む建物が主屋です。
 なお、吹き抜けのチャノマの2階部分には、オモテニカイとウラニカイを結ぶ渡り廊下が設置されています。
 主屋の後ろは中庭となってさらに後ろに続く土間に沿って台所があります。さらに後ろは土蔵や作業場があってさらに畑や裏庭に続いているのが一般的な町屋の作りとなっています。

 高田小町の後ろへ回ってみますと主屋に設置されたチャノマの吹き抜け上の天窓、主屋の後ろの中庭、土蔵、作業場の建物の様子がよく分かります。
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 また、こちらの家では隣家がなくなってしまったので、町屋の断面がどのようになっているかが分かります。
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 以下はミニツアーで訪れた建物です。
 高野醤油味噌醸造店さん。
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 1844年に創業し、高田藩主に醤油や味噌をおさめ、また現在でも当時と変わらない醸造方法で製造しているお店です。主屋は火災で焼失し、昭和初期に建て直されたのですが、それでも築70年と古い建物です。主屋の後ろの工場は創業当時の170年前の建物だそうですが、現在発酵中で中には入れないとのことでした。

 雁木通りに面したミセ。
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 その奥のチャノマ。2階に渡り廊下が設置されています。
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 チャノマの吹き抜け部分、障子戸の上にある梁。梁は雪の重みを梁の両側へ力を分散させるアーチ構造となっており、これを牛水とよぶそうです。その牛水の文字が梁に書かれています(写真では見えづらいです)。
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 きものの小川さん。主屋の壁の上部に採光用高窓があります。
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 着物の他、和雑貨もたくさん扱っているようです。
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 立派な吹き抜けがありました。
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 きものの小川さんは高田開府の頃より、高田の町に大勢暮らし、上越地域一円や長野県まで巡業されていた盲目の旅芸人、高田瞽女の文化を保存・発信する会 の事務局でもあるとのことです。

 旧今井染物屋さん。
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 約150年前の江戸後期に建てられた、現存する最古の町屋建築の一つです。

 なお、雁木の種類には、今井染物屋さんのように雁木の2階部分までオモテニカイとなっている「造り込み式」と主屋に平屋の雁木を付け足す「落し式」がありますが、明治以降には落し式の雁木が主流となっていて今井染物屋さんのような造り込み式の雁木は非常に少なくなっています。
 ちなみにこちらの家々の雁木は落し式。
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 このあたりは旧職人町で、今井染物屋も多くの職人や使用人が住み込みで働いていたそうです。
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 立派な吹き抜けがあります。2階の渡り廊下は途中で途切れているように見えます。オモテニカイとウラニカイが男女で分かれていたため渡り廊下でつながっていないのだとか。
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 作業場には染物(藍染だそうです)用の容器や脱水機が残っていました。
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 土蔵もありました。
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 町屋ではありませんが、現存する日本最古の映画館、高田世界館。明治44年に建てられました。
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 明治に陸軍第13師団を誘致した頃から高田の町に洋風建築が建てられるようになりました。町屋が続く雁木通りの中で異色の存在になっています。
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 現在はNPOが定期的に映画を上映しています。当日はちょうど上映中で客席の様子は見れませんでした。
 高田世界館をロケで使った映画などの広告が貼られていました。
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 信州からの北国街道が、東北方面への奥州街道、北陸方面への加賀街道へと分かれる分岐点。現在は変則十字路の交差点となっていますが、東西の道路が少しずれて交わっています。城下町によくみられる構造です。
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 以上がまちなみ散策ミニツアーで案内された主な町屋、見どころでした。

 その他、雁木通りで見つけた風景です。
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 高田城外堀では、そのほとんどの面積19haを埋める東洋一といわれる蓮の花が咲き乱れます。8月17日まで蓮祭りが行われていました。
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 雁木の下の歩道は各家で石畳を敷いてありますので、家毎に石畳の様子は様々です。なお石畳は雪で滑らないためだそうです。
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 本日8月23日と24日、上越市では戦国武将上杉謙信の遺徳を偲ぶ 謙信公祭 が開催されています。明日24日の出陣行列と川中島合戦の再現にGACKT謙信が登場します。それにあわせ多くの観光客が上越市に来てくださるはずです。せっかく上越市に来たのですから、もし時間があるようでしたら高田の町なみ散策をプランにくわえては如何でしょうか。

 最近は街歩きをする方がぽつぽつ見受けられるようになってきたと感じています。本記事では、まちなみ散策ミニツアーで巡った雁木通りの町屋を紹介してきましたが、高田の町にはまだまだ多くの方に来て見ていただけるだけのポテンシャルを秘めていると思っています。高田の町の見どころについては、今後も機会あるたびに順次紹介できればと考えています。

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